綺麗な壁紙 4K/HDR
一枚一枚を人の目で選び抜いた 10 万枚以上の壁紙を、4K・HDR の画質でお届けしています。2013 年の公開から、いまも毎日、更新を続けています。
アプリの詳細 →Artist & Creator
意識の根源にある、愛へ。
現代美術家・デジタルクリエイター 廣川政樹
国際芸術賞 17 冠。欧州・アジア・米州での展示、美術書・国際誌への掲載を通じて、日本特有の祈りの感覚を背景に、集団心理と知覚の構造、そして根源意識を主題として制作しています。
その根底には、時間を流れではなく、因果の連なりとして捉える眼差しがあります。イメージは、人間の意識、美、そして崩壊が交差する場所──夢と現実の境界を、詩と数学の両方の言葉でたどるものです。
すべての作品は、AI を使用せず、作家自身の手で制作されています。
"私が人間を知りたがっていた" のではない。"何かが、人間を知りたがっている" のだ。──その何かは、人の身を通して、人の心の在り方を見ている。
MASAKI HIROKAWA
テクノロジーもまた、美を宿す器であると考えています。アートと同じ眼差しで設計したアプリは、累計 5,000 万ダウンロードを数え、月間 300 万人を超える方々に、日々ご利用いただいています。
一枚一枚を人の目で選び抜いた 10 万枚以上の壁紙を、4K・HDR の画質でお届けしています。2013 年の公開から、いまも毎日、更新を続けています。
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北斎、広重、歌麿、写楽──日本が世界に誇る浮世絵の名画を 2,000 点以上収録。古紙の皺や染みを一枚ずつ丁寧に修復し、目の覚めるような紅や藍の色合いを、そのままにお届けします。
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望みを言葉にすること。そして、毎日それに立ち返ること──その二つの営みのために設計したアプリです。150 を超える文例を組み合わせて自分だけの望みを形にし、日々の習慣として育てていきます。
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ヒーリング音楽と、雨音や小鳥のさえずりなどの環境音を集めました。眠りへ向かう時間に合わせて、音はタイマーとともに少しずつ遠ざかっていきます。
アプリの詳細 →愛は、分解できない。結合もできない。それ以上に小さくも、大きくもならないものを、私たちは公理と呼んでいる。
MASAKI HIROKAWA
ウェブサイトは、名刺ではなく作品です。造形の美しさと構造の美しさ──そのふたつを兼ね備えたとき、サイトはブランドになります。
デザインから実装、公開後の運用まで、ひとりの作り手が一貫してお引き受けします。現代美術で培った美意識と、累計 5,000 万ダウンロードのアプリ開発で磨いた設計力を、あなたのブランドのために注ぎます。
ウェブサイトにとどまらず、写真のレタッチ、アプリのストアセット制作とグローバル ASO まで。ブランドの見え方に関わる仕事を、まとめてご相談いただけます。
ブランドの世界観を凝縮した 1 ページ完結型サイト。タイポグラフィと余白まで設計し、スマートフォン最適化・SEO・OGP 設定を含めてお渡しします。
ご自身で更新できるサイトを、オーダーメイドのテーマで。既製テンプレートは使わず、ブランドのためだけの設計を起こします。
コーポレートサイト・ポートフォリオなど、複数ページのサイトも承ります。
作って終わり、納めて終わりにはしません。公開後もお話を伺いながら、気づいた改善点は私の側からもご提案し、サイトを磨き続けます。更新作業や表示の不具合対応など、公開後 1 年間のサポートを制作費に含みます。
写真の色・質感・ディテールを、一枚ずつ手作業で丁寧に整えます。アートワークの制作ではなく、写真そのものの美しさを引き出すことに特化したご依頼として承ります。
App Store・Google Play のストアセット(スクリーンショット・アイコン・プロモーション画像)を、多言語対応で制作します。累計 5,000 万ダウンロードを支えたグローバル ASO の実績に基づき、掲載文の設計までご相談いただけます。
「静寂の中心にある、光。」──頭で考えるのではなく、内観から湧き上がる心の動きを、一点ずつ打つ点描で曼荼羅に結ぶ作家。その一点一点が重なって放つ光を、闇の中に際立たせたデザイン。作品ギャラリー・各種案内・日英対応。
chikako-mandala.com ↗
「生きるはいつでも今が頂点。」──和製ロックを思わせる圧倒的な力強さと、その奥にある繊細さ。ヨーロッパ・上海・ニューヨークで発表を重ねてきた作家の「動と静」を、全画面の映像と本人の言葉で、観る人の胸へまっすぐ届けるデザイン。作品の物語・日英対応。
sayaworks.net ↗
「見えるものと、見えないものが、ここに在る。」──一度引けば消せない線を、ダイヤモンドポイントで硝子に刻み、自然と野生の命を宿す作家。光の角度で消え、また浮かび上がるその線を、瑠璃紺と金で際立たせたデザイン。作品ギャラリー・両テーマ・日英対応。
neovidro.com ↗
東京芸術劇場での合同展のため、出展作家一人ひとりの作品と歩みを映像に編み、会場の iPad で手に取って観られるビューアまで一貫制作。会場を出たあとも作家に出会える場所として、黒と金の意匠・両テーマ・日英対応。
works/japonica-japonica-rewrite ↗人を傷つけたものは、いつか輪郭を持ち、見られることを求めはじめる。
MASAKI HIROKAWA
Claude、Gemini、Antigravity、Rork Max──アプリ開発と日々の制作の現場で、それぞれと協働して得た実践知を、4 つの専門サイトに体系づけています。
街を歩けば、周囲から感情のうねりが流れ込んでくる。私はそれを吸収し、そのまま投影しているだけだ。
MASAKI HIROKAWA
言葉だけで紡ぐ、ふたつの物語の場所。眠る前のひととき、心の深いところへ触れる読み物をお届けしています。
時間は、流れではなく、因果関係の部分順序である。過去・現在・未来の出来事は、一瞬のうちに展開されうる。
Causal Horizon — Funeral Procession 論文全文(PDF)
廣川政樹(ひろかわ・まさき)──現代美術家・デジタルクリエイター。国際芸術賞 17 冠のグラフィック/現代美術家・アプリデベロッパーとして、欧州・アジア・米州での展示や、美術書・国際誌への掲載を通じて、日本特有の祈りを背景に、集団心理と認知世界の構造、根源意識を主題として制作しています。
自然のシンボリズム、哲学的考察、そして現代科学に着想を得たイメージを織り交ぜながら、聖なるものと世俗的なものとの隔たりをやわらげ、人間と自然界との間にある微細な絆を回復させることを試みています。制作の全体には、繊細な共感覚的感受性と、静かで神秘的なインスピレーションが共存しています。
1997 年、独学の Web デザインから歩みを始め、基幹システム開発、グラフィック専門誌への執筆、ゲーム開発を経て、2013 年に独立系アプリ事業を創業。2019 年よりグラフィックアート制作を本格的に再開し、以来、アートとテクノロジーの両領域を架橋しながら、デジタルと詩的感性の狭間に宿る表現を追求しています。
Interviews & Features — ITSLIQUID Group: Featured Artist・Interview Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ Member Profile — A’ Design Award: Designer.org
アーティストプロファイル、国内外のインタビュー、手記より。
私が 16歳だった 1997年頃、当時まだ新しかったインターネットに強く心を惹かれ、それをきっかけに独学でウェブデザインを学び始めました。ネットという場を通して、国境を越えてデザイナー、プログラマー、アーティストの方々と出会えたことは、私の視野を大きく広げ、多分野を横断して物事を見る姿勢を形作って行きました。
一方で、より静かな継承もありました。私の両祖父は共に宮大工として、社寺建築の建造や修復に携わっていました。そこから私は、形や空間は目に見えないものを受け止める器になり得ること、そして手を動かすことそのものが一つの信心であり得ることを、自然と受け取っていたのだと思います。この感覚は、私が一見アートとは無縁に見える分野で働いていた時期にも、ずっと根底に流れていました。
その後、私の歩みは基幹システム開発、インタラクティブムービー制作、グラフィックデザイン書籍の執筆、ゲーム開発、アプリ開発へと広がり、2019年からは改めてグラフィックアートに舵を切りました。同年の晩秋、東京・吉祥寺駅の夜空の下で、私は不思議な光の輪を目にしました。それは言葉を伴わない指示であり、どこかラテン語で語りかけられているような感覚でもあり、今後は視覚表現に心血を注ぎなさいと告げられているかのようでした。その体験が、象徴的で夢幻的な作品を一気に制作していく大きな転機となりました。
私は、自由で主権的な表現を貫いた画家レオノール・フィニに深い敬意を抱き、またエンジニア出身でありながら構造的で詩的な作品を作り上げたハンス・ベルメールの美意識にも強く惹かれています。これらの作家を最初に知ったのは澁澤龍彦氏の著作を通してでしたが、その世界観は若い頃の私に決定的な影響を与えました。なかでも最も大きな影響を与えてくれたのは、17歳の時にオンラインで出会った一人の指導者です。芸術とは高尚な特別のものではなく、本来は全ての人に開かれた自然な言語である──そのことを、彼は教えてくれました。
私の創作上の目標は、精神性と科学が接するところに立ち現れる「余剰次元」を視覚化することと深く結びついています。一般相対性理論や量子力学、因果集合論に触れながら、一方で最愛の祖父母が大切にしていた仏教の信仰にも改めて向き合うことで、この関心は少しずつ育まれてきました。
作品を通じて、聖なるものと世俗的なものとの断絶を少しでも和らげ、人と自然との細やかな結びつきを回復させたいと考えています。自然の象徴、人間の哲学的な思考、そして現代科学のイメージを視覚的な物語として織り上げることで、内に潜む聖なる次元が、私たちが生きる広い世界と対話できるようにしたいのです。
要するに、私の作品が、これら幾つもの領域のあいだに静かに立つ仲立ちとなり、作品を観てくださる方々が、自分自身と宇宙のより深い層に触れるきっかけになれば、それが私の創作の役割だと考えています。
子どもたちに見せる世界
この願いは、同時にとても個人的なものでもあります。今は離れて暮らす子どもたちの父として、また転居や別離、様々な困難をくぐり抜けてきた者として、私は、芸術とは次の世代に温もりと強さ、そして美しさを託して行こうとする、一生を懸けた誓いの形なのだと感じています。言葉は時に不器用ですが、作品は、たとえ離れていても、世代と世代、言葉と言葉、内なる世界と外の世界を静かに結び直す架け橋になり得ます。
私にとってアートは言葉以外の意思疎通媒体であり、言葉では表現出来ない感情が溢れたもの、つまり余分に溢れた廃棄物に過ぎないという認識で十代の頃より創作に携わって来ました。
インスピレーションは外的環境から齎されるもので、残りは内面の奥底から湧き上がって来るものです。
いずれの場合に於いても、自分の肉体は高次元な存在の道具であり、エネルギーの通り道に過ぎず、創作に私の個人的な思想や感情などが介入する余地はありません。
しかしながら、その成果物に対して、如何にパーソナルな思想や感情を込められるか試行を繰り返すプロセスにこそ、私が人間として肉体を賜った意味があると信じています。
私にとってアートはご神事です。神は完全な存在であるため、生命の肉体を通してしか五感を得られず、人間の喜怒哀楽も体験できません。神はあらゆる生命に内在し、全ての存在は神から分かたれた一つのものです。
アートを通して高次元と繋がることや高次元に干渉することが目的ではなく、高次元な存在と同調し、受け取ったメッセージを純粋に伝えて行くことがアートの役割であると考えています。
そのメッセージがこの世界の平和と安寧の指標となれば幸いです。
私はなるべく全ての感情を言語化するように努めていますが、異なる思想を受け容れられない価値観の方もこの世界には当然居られると思います。
体から体へ、魂から魂へ、言葉を介さずダイレクトに伝わるのがアートだと思っています。
もし全ての人々が言葉以外の意思疎通媒体を持つことが出来れば、自分の心を理解して欲しいと苦悩することもなく、まして武器を手に取り争い合うこともなく、お互いの存在を尊重し、国境も文化価値観も超えて愛し合えると思うのです。
現在の社会の中では、この混沌とした世界情勢をよく観測し、歴史に記録するのがアートの役割であると思っています。
人類が何度も同じ過ちを繰り返さないように、後世に痕跡を残すのがアートに出来得ることです。
そして今も大きな過ちの中で苦しむ人々の心を癒やし、生きる希望を与える力がアートにはあると信じています。
また、科学と神秘学と哲学の距離が大きく縮まった近代に於いて、現代アートは世界中に張り巡らされたネットワークインフラを介して、大衆心理と共に、より高みへ向かっているプロセスにあると思います。
貴重な人生の経験が自己の学びとなり、その学びがアート表現を介して魂の気づきとなります。私は創作を通して人と関わることが殆どでしたから、人間として歩みを始めたのは昨年、四十歳になってからです。迷い苦しむ時もアートが人生の羅針盤となり、沢山の素晴らしい御縁と幸運に恵まれ、お蔭様で今もこの世界に命を繋ぎ留めています。これからは同じように迷い苦しむ人々を導く為、アート表現に携わりたいです。
現代は内観することが必要な時代に入ったと実感しています。私は無宗派ですが、神は人の外ではなく内に存在しており、外に幸福を求めるのではなく、自身の内側にある幸福に気が付くことが大事だと思っています。
今回の疫病で犠牲になった方達のことを思うと本当に胸が痛みますが、私にはこれが人間に対する大事なメッセージであると思えてならないのです。全ての人が目覚めるための大事な段階、つまり内観のプロセスに入ったと思っています。
また、私の右目は見えないものを見ていると昔からよく言われました。実際に人の心を見透かしてしまうことで傷つくことが多々あり、右目は次第に使われなくなり、現在は左目だけで生活しています。ただ制作時には偶に右目で遠目に作品を客観視するようにしていて、右目で見た時に光が溢れていることを確認できたら完成としています。
目が閉じている女性が多いのは、上記を踏まえた私の潜在意識を反映しているのかもしれません。ご指摘いただくまで気が付きませんでした。
出典JaamZIN Creative(2020)
私はインスピレーションによってもたらされたイメージをそのまま形にするだけの「ツール」または「触媒」だと自覚しています。そこに自分自身のエゴが混在すると、良いグラフィックには仕上がりません。
アプリ開発はとても孤独な仕事ですが、グラフィックを制作している時は孤独を感じません。それは自分自身と再会できるかけがえのない時間だからだと思います。人は他人が恋しいのではなく、自分自身が恋しいのだと最近気付きました。
私の本当のモチベーションは、私のグラフィックによって人々の心が浄化されたり、束の間幸せな気持ちになってくれたり、または技術が伝わって行くことです。私は誰もが表現者となれる世界を望んでいます。
出典JaamZIN Creative(2020)
私にとって特別に思い入れのある作品は「Bodhisattvas of the Earth」です。この作品に対して「祈りを感じる」とのご感想をいただいたのが印象に残っており、この作品を境に私なりの祈りを込めたコンセプチュアルな表現が増えて行きました。
私にとってパンデミックは人類にとってポジティブなものであると受け止めていましたし、私の生活には実際何の変化もありませんでしたが、変わり果てた街を見ていると悲しくなり、何となく創作をやめようかと神社で悩んでいました。
しかし創作を続けようと決意し、家に帰って作業を始めるとこの作品ができました。他にも私にとって特別な作品はいくつもあり、それらは私が重要な岐路に立たされたタイミングで出来たものです。
被写体が白っぽく透明な光で包まれたものを直感的に選んでいます。ダウジングのような感覚に近く、頭で考えずに手が勝手に動きます。
その直感が働かない時も勿論あり、そのような時も自身の鍛錬として割り切り、必ず作品として完成させます。
私はアナログ写真にあったノイズが平面のデジタル写真に時間軸を与えるものと思い、グラフィックアートにも目視できない程度にノイズをかけて仕上げています。
しかし可視的な面以外に於いても、三次元的感覚を超えたいという欲求が常にあります。
作品制作の過程では微細な調色に拘りながら作業を進めますが、次第に色覚情報を知覚できなくなり、平面の作品から微かに漏れる光の量しか判らなくなります。
私にはそれが「光」としてしか認識できませんが、もしかすると余剰次元の世界では、光も多様な形を取り得るのかもしれません。
私は21歳の頃より、基幹システムの開発にシステムエンジニアとして携わり、現在も不具合を出すことの許されないスマートフォンアプリ開発を十年間、個人事業で継続しています。正確な仕事をすべく努めたとしても、約0.05%のユーザーの方はクラッシュの影響を受けており、その僅かな数値に真理と人間との歴然たる隔たりを感じ、常に忸怩たる思いがあります。
グラフィック作品の総ファイル容量は短編映画と等しく、数百の層(レイヤー)によって構成・管理がされています。各レイヤーの名付けの規則や分類の仕方は、システム開発から学び得た構造化に則ったもので、ソフトウェアのバグを利用し機能を拡張することもあります(これらはプログラミング用語では “hack”、時に “黒魔術”と呼ばれます)。
また、写真家の方やモデルの方への礼儀礼節や作法として、原型を全て残す非破壊加工という手法を取っています。故に難解なパズルのような微調整を気が遠くなるほど繰り返すことになります。いつでも再修正が可能であることは、デジタル媒体に於ける制作の醍醐味であり、また欠点でもあります。これを逆手に取り、愚鈍に貫くスタイルを選びました。これから更に複雑化を極めるでしょう。
本来の私の性質は、上述の論理化や秩序統制とは正反対のものです。この二十五年間は、それを厳しく縛り、封じ込める生き方でした。しかし、まわり道の過程に沢山の恩人やスペシャリストとの出逢いがあり、一人一人をその道の師とすることが出来ました。お蔭様で現在の自分があります。今後は過去を乗り越え、己を制御する糸を断ち切って新しいスタートラインに立つことが課題です。
精神と肉体の調和が高く保たれている時に、何となく手を動かすと作品が出来るのですが、心がその座に居ない時はどうしても作品を制作できず、技術的な鍛錬のみに留めることが多いです。
大胆かつ派手な手法を拒む性質のため、調色や調光で微差を幾つも積み重ねながら、作品に奥行きを持たせる作業にいつも苦労しています。
顕在意識が半ば眠っている朝方に新しく作品の制作を始め、昼から夕にかけて作業のペースを速めて行き、眠りに就く前の夜に仕上げることが多いです。グラフィック制作の時間は何時も好きですが、静かで外光の無い深夜は精細な調色をするのに適しており、私はこの時間が特に好きです。明け方の新鮮な空気に澄み切った時間も好きです。
完成の喜びと同じだけ苦しみからの解放感が得られ、肩の荷を下ろす気持ちで遠くから作品を眺めます。それは授かりものであり、自分の手から元々離れたものですから、茫然自失とするのみです。したがって私はこの世界の様相を知り、大衆の心理を知ることになります。
私は子供の頃から機械との相性が良く、初めて見る機械でもその使い方が解り、機械を触ると何となく故障している箇所が分かる性質を持っています。ソフトウェアについても、バックグラウンドでどのように描画処理がされているかを常に認識しており、不具合に遭遇してもそのコードの箇所を特定可能です。
故にデジタル媒体での制作がメインだったのだと思いますが、幼少期はお絵描き帳を渡されると、一日で二冊いっぱいに絵で埋めたそうです。宮大工である祖父から大工仕事も教わりましたし、模型作りも得意でした。どうしても暇な時は、頭の中で掛け算の暗算遊びをしていました。
私の作業スペースには仏像や龍神様の像、天使の置物や水晶などが置かれています。人形師の友人から寄贈いただいた作品も常に私を見守ってくれています。
機材は iMac Proにカラーマネージメントモニター、十年以上使っているキーボードとアーロンチェア、そして3代目となるペンタブレットを大切にしています。
私は蛍光灯の光がとても苦手なため、間接照明も多く置かれています。無音も何だか落ち着かないため、作業場には常に音楽や映像が流れています。
グラフィックは誰でも制作過程を辿れるよう、非破壊で加工しています。元の素材を大事にしてそれには一切手を加えず、上に200枚ほどのレイヤーを重ねて制作しています。私は技術の共有と普及に意義を見出しています。
拘っている点は、肌の描き込みと、様々な色を重ね合わせることです。目には見えない程度の色彩をいくつも上から重ねています(恐らくこの工程を省いた方が評価はされますが、拘りのプロセスなのです)。
出典JaamZIN Creative(2020)
休憩中など遠目に制作物を眺めて違和感の有無を確認し、外出時も何か気づいたら記憶するようにしています。またその時の感情や思考が注がれるものなので、自身の状態を大切にしたく食べ物や健康に気を配っています。
出典月刊 MdN(2008)
Photoshopで使う機能は次第に制限され、現在は割とアナログな作業に落ち着きました。対象の本質を捉え細部に地道な手間をかけていくことで、全体の世界観や空気感も増すように思います。CG、WEB、映像、ゲーム、媒体を問わず大事なのはキャラクターや舞台設定などではなく、細部の描き込みや思い入れなのではないかと考えています。
出典月刊 MdN(2008)
私の両祖父は神社仏閣を建てる宮大工でした。父方は学業に恵まれ、母方は芸術に恵まれた血筋です。祖父母の寵愛を受けて育ち、16歳に迎えた祖父の通夜に初めてデザインをしました。それからこの道一筋で二十五年の歳月が流れました。
私がこの家系を生家に選んだのは、魂の課題として「一見相反するもの同士の調和」と「あらゆる属性と価値観の融合」の二つがあり、作品の命題としてよく挙げられるのは「平等」や「無差別」という概念です。
しかし両極性が齎す試練の先にある “多極化”から沢山のことを学び得た今、新しく課題として挙げられるのは、多次元間のシームレスな移行、意識の点在と散在、そして完全に分け隔てのない慈愛の心です。
今の世には釈迦や仏陀のような方が大勢生まれて来ており、大変な世ながらも、私は師と学びの多きこの時代に生まれて来たことを幸運に感じています。
私の人生の過程に作品があり、制作の過程に人生の縮図があります。魂からのシグナルを直観的に受け取る手段の一つが創作であり、そこから生まれた御縁の一つ一つが私にとっての宝です。
私にとって創作活動は魂の喜びそのものでした。
子供の頃から自分という存在そのものが疑問で、この世に生を受けた意味や、広大な宇宙の中での自分の意識の在り処、果たして心は何処に在るのか、そして例えば自分の指とその周りの空間との境目にある白く透明な膜のようなものなど、色々なことが不思議でなりませんでした。
物心ついた頃からとにかく毎日のように、何故自分は生まれて来たのだろう、何故自分はここに居るのだろうと考え続けて来ました。
しかし昨今の世界情勢が私にその答えを否応無しに教えてくれました。
創作活動や芸術作品は、この変革と激動の世界にこそ必要なものです。
私は二十五年前のインフラネットワークがまだ整備されていない時代から、様々な分野のデジタル表現に挑戦して参りました。
ハードウェアも現在より未発達で、ソフトウェアも十分に流通していなかったため、クリエイティブに必要なツールは自ら開発を行うか、或いはその機能を仕様外に拡張するなど、創意工夫しなければならなかったのを憶えています。
ネットワークの通信量にも通信速度にも制限があり、その中で画像コンテンツや動画コンテンツを快適にストリーミングするだけでなく、常に革新的で自由な表現をすべく試行錯誤する必要がありました。
私の興味は十代の頃より永久機関の開発に向いており、インタラクティブムービー制作を通して人工生命を生み出すシステム設計を学び、ゲーム開発を通して人工知能の仕組みを知り、アプリケーション開発を通しては大衆の普遍的無意識を探りました。
朝から晩まで画面と向き合い、外の世界を俯瞰視しながらの二十有余年を過ごしていたように思います。しかし人間の根幹を成す愛情への渇望と苦悩を知り、2019年の末よりグラフィックアートの制作を始めました。
ただ不可解なのは、“私が人間を知りたがっていた” のではなく、“何かが人間を知りたがっている” かのようであったことです。その “何か” は人の身を通して人の心の在り方を見ているのかもしれません。
おそらく多くの表現者にとって、創作を始めた切っ掛けと辿って来た道のりは筆舌に尽くし難いものであり、不可解としか言い表しようのないものでしょう。
私は神への憧憬から多次元科学に魅せられ、物理学の仮説である超弦理論から量子力学の不可思議な世界に迷い込んだ時期もありました。しかし過去のシュルレアリスム絵画の方が、その問いに対し雄弁さを持っているように感じます。
私は自分なりの方法で神秘世界や余剰次元を表現し、それに至るまでのプロセスも余すことなく言語化したいと考えています。つまり “神” や “愛” などの非常に曖昧な要素を表す公式を求めているのです。私はただ寂しいから神と遊び、物を作り始めただけだったのですが…。
私にとって創作活動は生きる目的であり、生き抜く手段であり、生まれて来た意味でもあって、それ以外に何も持ち得ません。私はその恵みを与えてくださった神様、父母、ご先祖様に感謝しています。実は生きるのが辛いことも屡々ありました。しかし恵与されたものを忘れて自暴自棄に走る時も、大切な機材だけは壊すことは出来ませんでした。
私の作品の目的は世界の “浄化”であるように感じております。目指すべきゴールもこの人生も陽炎のようなもので、命を燃やし尽くしてこそ生まれて来た甲斐があります。これからも一日一日に感謝をしながら、心臓が脈を刻むように、毎日淡々と作業に向き合います。
私は2019年末より、仕事の合間を縫って細々とグラフィック制作を始めました。これまでグラフィック制作に充てられた時間は二年足らずで、ウォーミングアップを終えられたかすらも分からないのが現状です。
ただ作品も私自身も世界の写し鏡として在ることだけは確かで、2、3年後はもっと明るく彩り豊かになっているでしょう。
作品がやがて主を失ったとしても、私の痕跡がこの地に静かに根づき、私の小さな欠片が広い空へ羽ばたいて行ってくれることを、心より願っています。
グラフィックを制作し始めた当初は、偶発性に身を任せ、素材同士の化学反応を楽しんでいました。そのうちグラフィック専門誌に作業工程を執筆する機会をいただき、人に技術を共有する喜びを知りました。グラフィック制作によって自身が浄化されるだけではなく、時折「心が浄化された」というご感想をいただくのがとても嬉しいです。
出典JaamZIN Creative(2020)
これまでは世界の写し鏡として「他者表現」のグラフィックアートに従事して来ました。世界に必要とされるもの、または人々に流れる感情の波を読み取りながら制作して来たように思います。
しかし今年の5月に第一子を授かったことで、これからは後の世に紡いで行けるものを制作できるよう精進し、新しい命の架け橋となりたいと思っております。
これからは米国のアプリ市場でも上位に昇り、グラフィックアーティストとしても日々精進し、世界一の眺めを赤ちゃんに見せてあげるのが目標です。
出典365 Art+ Magazine(2021)
私自身のアート表現もこれから更に突き詰め、より美しく力強い作品を制作できるよう精進して参ります。私はアート表現に AIを用いることはなく、現在もブラシで描く作業が大半ですが、その過程に祈りを込めたいと思っています。そして私の作品を観た人々が幸福へ導かれるような作品を制作し、世界平和への架け橋として行けたらと思っています。
魂の故郷
苦悩はその姿形を変えて、人々の心を取り囲みます。しかし、それらはエゴという防衛機能の過剰な働きが生み出す幻に過ぎず、私たちの目に映る現象はすべて影に過ぎません。そして、エゴが必死に守るのは美しく輝く魂ではなく、ただの「無」であり、そこには誰もおらず、何も存在しません。
だからこそ、魂の源は皆一つであり、それは時に「神」と呼ばれます。つまり、一人一人が愛された存在であり、すべての人々は平等なのです。そもそもこの量子場において、物事に善悪も正邪も美醜の概念すら存在し得ないことを、私は絶望の淵で悟りました。
銀の匙
表現者は、一見矛盾したあらゆる要素を一つの教えに統合して伝える宿命を持ちます。神は無作為に人を選び、その役割を与えます。たった一つの「愛」を表現するために、体を犠牲にし、心すらも供物として捧げることを厭いません。
皆、等しく固有の才能を持ち、それは魂の故郷で見守る存在から与えられた銀の匙なのかもしれません。このプロジェクトが完成した翌朝、私はふとそう思い、空を眺めました。
平和への祈りと存在の美を讃えて
作品に込める「祈り」は世界への光であり、創作の目的は社会の「浄化」です。作品を通じて、一人一人の存在そのものを祝福し、生来の輝きを思い出すサポートができれば、皆等しく特別な存在として太陽のようにこの世界を照らし始めると信じています。そこには差別、格差、争いもなく、あらゆる思想や理念を称え合い、相反する価値観でさえも尊重し合える、真の文明社会が拓けているでしょう。
人として、親として — 愛娘に見せたかった背中
困難な時が続いても、妻は私のアート活動を応援してくれました。個展のお話をいただいた際も、世界中が戦禍で混沌としていた時期でしたが、妻は喜んで賛成してくれたのです。初めて国際芸術賞を受賞した時も、グローバルアートマガジンに掲載された時も、一番喜んでくれたのは妻でした。
世界情勢の影響を否応なく受け、傾き始めた事業を立て直すため、私は無休で明け方から日暮れまで仕事を続け、アート活動は仕事を終えた夜や週末に取り組んでいました。そのような時、何となく申し訳ない気持ちになり、「ごめんな」と妻に伝えると「それもあなたの仕事でしょう。周りの方々もきっと喜んでくれるよ」と言ってくれたのを今でも覚えています。そして作品は初めてフランスの方の元へ渡り、次々と世界中へ羽ばたいていきました。
その後も仕事とアート活動の両立に努めましたが、長年の睡眠負債がたたり、ついに身体が悲鳴を上げ始めました。睡眠不足から適応障害、うつ、肝機能障害も患い、苦しんでいました。それでも私は「新しい作品を創りたい」といつも妻に訴えていました。最も大切なアート活動を諦めようとした時も、背中を押してくれたのは妻でした。「きっとまた作れるから! 個展だってあるじゃない!」と強く励ましてくれました。
思い返せば、私が初めて展示させていただいたのはイタリアのミラノで、当時の妻は臨月にも関わらず、「いつかこの子の誇りになるから」と言ってくれたのです。そして、娘はちょうど RenovArt展への参加が決まる頃に、帝王切開で母子共に無事に生まれました。初めて娘と対面した時、私は嬉しさのあまり感涙し、看護師さんの声が全く耳に入らなかったほどです。
娘が生まれる前、命を授かった時は本当に嬉しく、ただ無事に生まれてきてくれることだけを願っていました。当時はその後に多くの試練が待ち受けているとも知らず、その小さな命は言葉にできないほど大きな希望でした。2021年夏に初めてグローバルアートマガジン 365 Art+ Magazine 掲載のお話をいただいた際、私は意気揚々とインタビューに答えました。その内容は、未来の世代へ伝えたいことや、これから生まれてくる新しい命についても触れるものでした。そのマガジンの表紙には「赤ちゃんに見せる世界」という立派なキャッチコピーが掲載されました。
しかし、過労や睡眠負債からくる心身の不調は次第に悪化し、適応障害やうつ、肝機能障害を患い、二度の胃カメラ検査を受け、入院することとなりました。迎えに来てくれた父の前で、なぜか私は「あの子が本当に可愛いけれど、自分は世界一になりたい」と突然嗚咽したのを覚えています。いつしか増えていく有難い表彰状やトロフィー、そして我が子の笑顔さえも直視できなくなっていました。
本当は、強い父親の背中を娘に見せるつもりでした。
赤ちゃんに見せる世界
最も多くの作品を制作させていただいた 2021年当時に至るまで、私にとって物作りは生きる手段であり、生き甲斐でもあり、それだけしか知らず、他にできることはありませんでした。
その当時を振り返れば、まさかこれから自分がさまざまな出来事に試され続け、幾度もの転居と二度の離別を経験し、何より、大切な娘を授かれるなどとは、夢にも思っていませんでした。
今、静寂と孤独の中にて、川のような時の流れをただ俯瞰して眺めるとともに、愚かな私でもようやく、大事な家族に支えられながら生かされてきたことに気づき、内省と感謝の日々を過ごしています。
家族と離れるまで、何ヶ月も悩みました。しかし、娘を授かった頃に掲載いただいたグローバルアートマガジン、365 Art+ Magazine Case. 4のインタビューにて、「娘に世界一の景色を見せてあげたい」と述べていたことを思い出し、私は手を合わせて首を垂れ、決心いたしました。
父親の役割は、忍耐強く子を見守り、いざという時に力になることです。子の成長を日々見届けたい、いつもそばに居たいと願うことは執着にすぎず、愛情ではありません。
子はいくつになっても子であり、その生涯が幸福と笑顔に満たされるよう力強く支え続け、自分が天寿を全うした後も、子が何不自由なく安心して過ごせるだけの何かを遺す責務があります。
特に、私だけでなくあらゆる表現者は、血縁の有無などにかかわらず、後世に伝統を残す役割も担っています。常に太陽のように輝きながら、誰もが皆、表現者であることを思い出すきっかけにもなることで、言葉という壁を超え、人々の心を繋ぐ架け橋となり得るのです。
それは理想の地平の一つの形でもありますが、私自身は、この星を一つの生命と捉えており、人類に限らずあらゆる生命、つまり自然を何より尊重しています。真の調和に至るまでに必要な、いわゆる地ならしの過程には、美しいものばかりではないことは承知していますが、私なりのグローバリゼーションの在り方を、作品を通して伝えてまいります。
上に述べたことが矛盾していることも自覚しています。ただ確かに言えることは、誰もが自然の一部であり、それぞれ愛情の形は違えど、慈愛の心に包まれ、いつも見守られながら育まれてきた、唯一無二のかけがえのない存在であるということです。
正直、今の私には、自らの呼吸や鼓動に耳を傾け、時に合掌し、感謝する力しかありません。しかし気長に心身統一し、このような拙文ではなく、あくまで作品として表現することが、私に残されたただ一つの役割です。
最後に、大切な四人の子どもたちへ。生まれてきてくれてありがとう、存在してくれてありがとうと、心から伝えたいです。もうそれだけしか言葉になりません。
失うことから
私は失うことから創作を始め、それだけに全てを捧げて参りました。他には何も持ち得ません。日々育まれゆく小さな命に、この時代の観察記録の僅かな側面を残すことだけが、今の私に唯一できることであり、唯一の希望です。
友愛の精神と芸術
私は、この世界において永劫普遍の価値を持つのは友愛の精神と芸術であると考えています。今後もアートを通じて、広義の意味でのボーダーレスなグローバルコミュニティを築き、この惑星が真の文明に目覚めるため、生涯をかけて尽力して参ります。私一人の力には限りがありますが、世界中の人々が力を合わせることで、いかなることも叶うと信じています。
地平線
地平線は、ひとたび辿り着いたなら消えてしまうのではなく、その前に立った者の裡(うち)に、光となって留まり続けます。
各々はセルの中で孤立しながらも、避けられない因果の糸で結ばれ、一つの列を成す。──詩と数学は、同じことを言っている。
MASAKI HIROKAWA
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