廣川政樹 作品
葬列
Causal Sets
作品解説
この作品「葬列」は、東洋の神秘思想と、量子力学と一般相対性理論をつなぐ概念的な架け橋である因果集合理論からインスピレーションを得ています。原因と結果の同時性を探求し、過去・現在・未来の出来事が一瞬のうちに展開され、時間の連続性の概念に挑戦しています。各存在はセルの中で孤立しているように描かれていますが、避けられない運命の絆によって互いに結ばれ、私たちの集合的な存在を形作っています。
この作品は「すべての個体が唯一無二で不可欠であり、世界の大きな変化に不可逆的に寄与している」というメッセージを伝えています。星々の海を果てしなく続く比喩的な葬列を通じて、存在の儚さと、この移ろいやすい世界で一瞬一瞬やご縁を大切にすることの重要性を問いかけています。
評文 — 小澤瑶子
「わたしもほかの河童のやうにこの国へ生まれて来るかどうか、一応父親に尋ねられてから母親の胎内を離れたのだよ。」
「しかし僕はふとした拍子にこの国へ転げ落ちてしまったのです。どうか僕にこの国から出ていかれる路を教えて下さい。」
「出て行かれる路は一つしかない。」
「と云うのは?」
「それはお前さんのここへ来た路だ。」
僕はこの答えを聞いた時になぜか身の毛がよだちました。
「その路が生憎見つからないのです。」
(芥川龍之介『河童』)
私たちの内部には、私たち自身が気づいていない欠如がある。それは私たちを「引っ張り込まなければやまない」「気味の悪いもの」である。しかし、それにもかかわらず私たちはそれを放り出すことの出来ないことに苦慮している。
「心臓の恐ろしさ」とでもいうべき、私たちの内部にある私たち自身が気づいていない欠如を、私たちは追求せずにはいられない。芥川も私たちも「心臓の恐ろしさ」に怯えながらも、そこに存在の根拠を見いだしているのであり、「心臓の恐ろしさ」から自由になれた人間など在りはしないのだろう。
そして、この「葬列」の作者もまた「心臓の恐ろしさ」を自覚しながら、作品を創り出しながら生きている。「純粋な思考には死以外の出口はない」(リヴィエールからアルトーへの手紙)という命題に抗いながら、私たちは日々を繋いでいるのだ。