廣川政樹 作品
元型
Archetypus
作品解説
この作品では「原型への回帰と反復」というテーマに沿って、鳥の仮面を被った女性を繰り返し複製しています。これは人間の持つ熾烈な願望を表現しています。狂気を支える論理がアート作品または人類の文明には必要不可欠であり、作家にとって論理は感覚を抑える手段に過ぎないため、両者の共存が合わせ鏡のような反復を生むことになります。そこには終焉がなく、ただ入れ子構造になった世界がループしているのみです。人類の歴史や文化、戦争、紛争、そして宇宙もこのようにして構築されて来たのではないでしょうか。
インスピレーション
この作品のテーマは「原型と反復への回帰」である。人類の根源的な欲求がそこに現れている。繰り返される歴史、思想、国家、家族。それらをすべて統合し表現した。
作品の特性
同一人物の画像を繰り返し複製してコラージュした。仮面が一つ一つ違って見えるように、それぞれに独自の修復と傷を施している。
構成と見え方
この作品では、論理的な計算に基づき仮面を複製し、残りの違和感を感覚で補っている。この作品は、左右非対称にも左右対称にも見えるようにデザインされている。合わせ鏡を覗き込むイメージである。
制作技法と素材
まず Adobe Lightroomで素材を加工し、Adobe Photoshopでコラージュを行った。次に光彩表現の付与と補正を行い、写真を完成させる。その後、それを一枚の画像に統合し、再び Adobe Photoshopで最初からレタッチしている。寸法は A0より少し大きい程度だが、200枚以上のレイヤーを重ねているため、総ファイルサイズは 20GBに及んだ。殆どの作業はブラシで行われており、補正に関しては非常に繊細に行われている。今回の作品では、ノスタルジックな雰囲気を醸し出すためにマスクを破損・修復し、雰囲気を強調している。
制作における挑戦
この作品は絵画的な仕上がりにするために、元型を留めないほど丹念にブラシを施している。特にマスクは、単なる複製にならないよう、一枚一枚に筆を入れている。美しいものと醜いものとの境界線を目指した先にあるのは、美的感覚を超えた心の顕れである。
研究概要
研究の種類は視覚表現で、人の心を豊かにすることを目的としている。豊かさとは富のみならず、心の平安なども含む。この作品では鑑賞者に心の平安と言うより、視覚的なインパクトと心理に与える感動を目的としており、その方法は他の作品とは異なり9割以上がインスピレーションに基づくため、言語化が極めて難しい(インスピレーションは外的環境から齎されるもので、心理学の世界では超自我、スピリチュアルな世界では精霊などを起源とする)。主に人の心理について心理学辞典やシュルレアリスムアート作品を用いてデータ収集を行い表現した結果、鑑賞者からはインパクトという意味での感動が返って来た。この作品では、ビジネス、社会、思想、文化など、人間存在が繁栄する基幹システムを包括して表現している。鑑賞者のリアクションが最も多かった作品の一つで、その理由については明確ではないが、おそらく人の深層心理に迫ったものと思われる。
評文 — 小澤瑶子
痛ましい分断や戦争は症状であり、世界の罹患している病そのものではない。世界が抱える病の中心には、私たち個人と私たちの世界の抱く「妄想」がある。精神医学において、「妄想」とは、「強固に維持された揺るぎない誤った信念であり、決定的な証拠や理性的議論による修正にも抵抗するもの」と定義されている。
私たちの社会も、個人に起きる妄想と原因、内容、結果という点でよく似た、いわば集団の妄想に悩まされていることを本作では描いた。フロイトのことばを借りれば、「妄想は何の根拠もなく起きるものではない」のであり、妄想は夢と同じように、その原因となる隠れた現実が歪んだかたちで表現されたものであろう。
コロナ禍に「元型」を創作した。その際、作品のテーマは「原型と反復への回帰」とした。人類の根源的な欲求がそこに現れるような、繰り返される歴史、思想、国家、家族などを統合していくような表現を目指した。
「元型」を制作して数年後、400年以上前のペスト禍においてペストを治療する医師が身につけていた鳥の嘴のようなマスクを目にして驚いた。人間の恐怖に対する防御の元型、いわば「妄想」の元型はあるのだろう。
医師は、患者が強く妄想を信じなければならない理由や、妄想のなかで表現されている現実、それに対する心理的反応を知らなければ、患者の治療を始めることができない。そのように、私たちの集団の妄想を促す原因となっている問題を理解し、願望的思考に変わる現実的な解決策を与えなければ、私たちは私たちの集団の妄想を正すことなどできないであろう。分断や戦争の原因となる、私たちの社会が抱くものをアートから考えてゆけたら、と思っている。
この作品は、左右非対称にも左右対称にも見えるようにデザインされている。合わせ鏡を覗き込むイメージである。同一人物の画像を繰り返し複製してコラージュした。仮面が一つ一つ違うように、それぞれに独自の修復と傷を施しているのだ。それは社会の妄想と個々の妄想を表してもいる。