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半妖 / 廣川政樹 — 2020

廣川政樹 作品

半妖

Hanyō

Nov 2020 ・ Photo collage ・ Digital media ・ 90 x 120 cm (Height x Width)

作品解説

聖と魔の混合した血を持つ存在には、神からの試練が多く齎されます。この世に善悪も正邪もなく、陰と陽の力がお互いに均衡を保ち合うことで宇宙は存続しています。しかし人間は己の正義や信仰のために、武器を手に取り争い合います。誠に哀しいことながら、それは仕方のないことであり、そこに理屈が介入する余地はなく、在るのはただ何世紀も続く文化と伝統なのです。

もし己の中に相反する力と作用があり、いわゆる両極性反応に葛藤し続けるならば、それは克服すべき神からの課題に他なりません。正反対の性質を持つもの同士が融合し調和し得れば、己の中の苦悩も消え、世界からも争いはなくなるでしょう。

評文 — 小澤瑶子

「解釈を拒絶するものだけが美しい」(小林秀雄)

このことばを、「半妖/Hanyō」は見る者に想い起こさせます。どこからが正常でどこからが異常か。どこからが聖でどこからが俗か。どこからが敵でどこからが味方か。世界は、そのような単純な二元論に分けることなどできません。そして、世界が単純な二元論へと陥るとき、悲劇は繰り返されるように思われます。

全体主義≒悪、民主主義≒善といった図式を単純素朴に信じていなくとも、私たち人間は「わかりたい」「解決したい」「決着させたい」と欲する動物であるがゆえに、「わかりやすい答え」に飛びついてしまいがちです。先の見えない暗中模索の時代には、不可思議な人間が暗躍し、まさにそのようなとき「わかりやすい答え」は威力を発揮してきました。

答えのない暗中模索に耐え、粘り強く考えることに対峙し、わかりやすさと単純素朴な結論を拒絶することを、半妖の眼は求めているようです。けれど私たちは、己の精神を苦しめる問題に忠実ではいられず、逃れるために考えるどころか、自分の頭で考えることを放擲して、「わかりやすい二元論」に逃避しがちです。それを戒めるかのように、半妖は私たちを静かに見つめ返しています。

そして、私たちが芸術にこだわるのは、そこに答えがあるからではなく、芸術がわかりやすさと単純素朴な答えを拒否するからなのだと、「半妖/Hanyō」は教えてもくれるのです。そう、「解釈を拒絶するものだけが美しい」のだ、と。

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